退職して何もかもを見直したいと思っていた私は、普段の生活において使用しているものの中で、本当に必要なものはどれだけあるのか、心からしっくりくるものは何なのか、きちんと検証した上で生活に落とし込みたいと考えていた。そんな中、ある「石けん」に出会った。シャボン玉石けん株式会社の『シャボン玉浴用』という商品である。不自然な香りが苦手な私はこの商品がすぐに好きになったと同時に、この石けんを作る会社にも興味を持った。
シャボン玉石けん株式会社は、福岡県北九州市の会社だ。化学物質や合成添加物を一切含まない、天然素材だけを使った石けんの製造・販売を行っている。この無添加石けんを作り始めた頃は、高度経済成長期で合成洗剤よりも割高のため、流通業者や世間から見向きもされない苦しい状況が続いたそうだ。当時100人いた従業員はたった5人にもなった。それでも「身体に悪いと思った商品を売るわけにはいかない」「健康な体ときれいな水を守る」という基本理念を貫いてきた。(シャボン玉石けんのホームページより) よくぞここまで、続けてこられたと思う。このような会社が、日本や世界には、一体どれだけあるのだろうか。
『シャボン玉浴用』は、無香で素材が安心できることに加え、泡立ちや使い心地がとても良い。成分は、パッケージを見れば分かる通り「石けん素地」のみ。香料や着色料はもちろん、EDTA-4Na(エデト酸塩)などの酸化防止剤すらも入っていない。何か一部の化学物資や合成添加物が無添加なのではなく、石けん素地以外はすべて無添加なのである。1個あたりの価格は、140円くらいだ。ふるさと納税も行っている。当然環境にもやさしく、排水として海や川に流れた後は、その大部分が短期間で水と二酸化炭素に生分解される。石けんカスも無害で、微生物や魚のエサになるのだそうだ。
ここまで知ると、「排水として海や川に流れる」部分をもっと理解したくなった。浴室だけでなく、トイレ・台所・洗面所・洗濯で流した汚水は、排水溝に流れた途端、何もなかったかのように見えなくなる。下水処理場には、小学生の頃に社会科見学で行ったことがあるが、改めて私のうんちの行方は…?気になって調べてみた。
主に参考にしたのは、国交省の『うんち 大研究!ノート』、横浜市の『よこはまの下水道』、その他、市区町村のウェブサイトや資料だ。簡単にまとめると、家庭の排水は、下水処理場において、まず大きなごみ等が取り除かれる。その後、微生物が入ったタンクの中で、微生物に汚物を食べさせて沈殿させる。残った上水は、塩素系の消毒剤で大腸菌などの菌を殺菌・消毒した上で、海や川へ放流する、ということだった。初めに取り除かれる大きなごみ等は、ごみ処理場に運んで燃やしているらしい。
驚いたのは、下水道管や下水処理場には、髪の毛のほか、台所の生ごみ、紙おむつや生理用品、ビニールなど、多くの家庭ごみがつまっているということだった。私のうんちは、近隣の方々のものだけでなく、このようなごみと合流して、下水処理場に向かっていることになる。そして、最終的に下水処理場で消毒を終えた水は、海や川へ放流するだけでなく、トイレの流し水や電車を洗う水にも再利用されている。残った汚泥は、セメントの原料や改良土となって建設資材として使われたり、肥料燃料として火力発電所で使われたり、肥料として農業で使われるとのことだった。
2021年に開催された東京五輪では、トライアスロン会場であったお台場海浜公園の臭いが話題になった。豪雨の際に、汚水混じりの雨水が放流されてしまうとは、一体どういうことだろう。家庭の排水の関心から、これについても調べてみた。
そもそも、飲用に適した水を供給する「上水」、下水管に流れる飲めない水を「下水」という。下水は一般家庭の汚水(生活排水)だけでなく、工場・事業所などから排出される汚水(工場排水)のほか、道路にある側溝から下水管内に流れてきた雨水のことをいう。下水を集める方式は2つある。汚水と雨水を一つの下水道管で集める『合流式』と、それぞれ別の下水道管(汚水は汚水管、雨水は雨水管)で集める『分流式』だ。東京23区の約8割は、前者の合流式らしい。設置や管理が安価であるためだ。昭和三十年代以前は、地盤の低い地域で浸水被害が頻発しており、汚水と雨水を同時且つ安価に対処できる合流式が全国に広く普及した。東京都のように、早くから下水道を整備している大都市を中心に合流式が採用された。昭和四十年代以降は、水質保全の取り組みが強化されるようになり(豪雨時には汚水混じりの雨水が河川等に放流されるため)多くの都市で分流式が採用されるようになった。現在、全国で合流式を採用しているのは下水道実施市町村の中でも約1割(191都市)らしく、殆どが分流式となっていることがわかる。
約8割が『合流式』である東京23区では、天気が良ければ、汚水は下水処理場で処理された上で海や川へ放流される。弱い雨でも、下水量が晴天時の三倍までなら同様だ。しかし台風やゲリラ豪雨などの強い雨で下水量が晴天時の三倍を超えると、下水処理場における処理能力を超えてしまうことから、未処理の汚水をそのまま雨水と一緒に海や川に放流せざるを得ない。これは、市街地を浸水から守るためでもあるらしい。東京23区が職場だった私には、他人事ではない。お台場海浜公園に向けて溶け切らないトイレットペーパー等が浮かんでいるとの情報にも、ようやくうなずくことができた。同時に、中央省庁のほか多くの企業や商業施設も多い日本の首都でありながら、その人口密度に反する下水処理の実態にとても驚いてしまった。これまでも今現在も確実に東京を支えてくれていることには変わらず感謝をしつつ、私たちはそろそろ根本的なところに目を向け、考えなければならないのではないだろうか。
生活排水は、基本的には下水処理場を介して海や川に放流されることが分かった。その海や川には、生き物がいる。私たちが普段使うものは、排水を介して自然の中で生きるものと直結しているということだ。横浜市では(恐らく、その他の市区町村においても)、下水処理では取り除けない有害な物質を含んだ水が下水管に流れ込まないように、工場等に対する指導も行っているようだった。人体や環境に与える影響が懸念されている微量な化学物質についても、放流した水の調査等を行うことにより、実態の把握に努めているらしい。
福岡県の地島(じのしま)という離島で、2021年9月~11月の3か月間、ある実験が行われていたことをご存知だろうか。家庭における合成洗剤の使用をやめて、無添加石けんにすることにより、海の環境や生き物にどのような影響があるのかを調べるというものだ。シャボン玉石けん株式会社・山口大大学院創成科学研究科・九州環境管理協会・福岡県宗像市の4者が実施した。これを知ったとき、何て素晴らしい実験を行うのだろうと歓喜した。私は大きな関心を持って注目し、その実験結果を心待ちにしていた。そして翌年公表された実験結果は、確信していた通り「無添加石けんは環境にやさしい!」というものだった。下水処理設備(曝気槽)にいる微生物を解析した結果、実験開始後は汚泥の状況が良好な場合に現れる菌が確認できたり、微生物の種類や量が増えたとのことだった。下水処理設備(曝気槽)の環境にも良い影響が出たということだ。そして下水処理場から海に放流される水も分析した結果、実験期間中は海に流れる合成洗剤の成分量が減ったことと併せて、水の汚れを示す指標が下がったことが確認できたそうだ。このような生きた実験を産学官と島民の方々が協力して実施したことにも、その結果にも、私はとても感動している。
私はこれまで、随分と自分の身体にも自然にも負担をかけてきてしまったと感じている。気管支喘息も経験したし、化学物質過敏症のきらいもある。自分の無知や忙しさから意識が向かない間にも、身体や自然はただただ大きな負担に耐えてくれていた。かなりの時間を要してしまったが、これまでの十分すぎる学びから、人間として少しでも賢くなりたい。背に腹は代えられない状況は、誰にでもある。それでも気付いたところから、身体や自然環境への負担を減らしていきたいと考えている。
『シャボン玉浴用』石けんと暮らし始めて、二年以上が経過した。穏やかに、しっくりと生活に馴染んでおり、もはやこの石けんは私にとって必要不可欠となった。終の棲家ともいえる石けんに辿り着き、大きな安心感の中でその良さをしみじみと感じている。人体にやさしいものは、結果として自然環境にもやさしいことが良く分かる。私たちは自然の一部であり、自然そのものだからだ。同時に見直していた化粧品も石けんで落とせるものに変えたことで、メイク落としが不要になった。それは視界と習慣の余白に繋がり、私の脳を楽にした。旅行等の際は、この石けん一つをケースに入れて持っていけばいい。納得した石けんが「これ」と決まったことで、他のモノに意識が向くことも、その必要もなくなった。スティーブ・ジョブズの服の如くである。そして過去の厳しい状況においても、利益より冒頭の基本理念を貫き、今日まで丁寧に商品を作り続けてこられたシャボン玉石けんのような会社を、心から信頼し応援したい。買い物が投票なら、このような会社が今後も存続する世界で暮らしたい。ぼんやりとお金を使っている場合ではないのである。
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